ちむどんどん・どうやって生活してた?比嘉家の家計を支えたあるもの!

ちむどんどんどうやって生活していた ちむどんどん

NHKの朝ドラ“ちむどんどん”ですが、賢三が他界したことで親戚の賢吉から、お金を返すようキツく言われるように…

子供のうち誰かを東京の親戚に預ける流れになり、しんみりお別れと思いきや、沖縄に残る暢子。

暢子が東京に行かなかったことにSNSは騒然でしたねw

子供一人が東京に行ったところで、どうなる借金だったのかも気になるところですが、一瞬で月日は流れ7年後!

「え?借金は?どうやって生活していたの?」と思いませんでしたか?

今のところ直接的な描写はないものの、実はあるものが、比嘉家の家計を支えてきたのではと思っています。

今回は“ちむどんどん”で“どうやって生活”していたのか、比嘉家の家計を支えたものはなんだったのか考察してみました!

“ちむどんどん”で7年間どうやって生活をしていた?

“ちむどんどん”で比嘉家が7年間もどうやって生活してきたのか、その答えは『さとうきび畑』にあると思います!

出稼ぎに出た母優子の賃金では、どう考えても生活は追いつきませんが、そもそもなぜ賢三が借金をしたのか思い返してください。

“ちむどんどん”で賢三が抱えていた500ドルの借金は、『さとうきび畑』を購入した時の借金。

購入した畑でこれから、少しずつでも家計が潤う予定だったのでしょうが、他界してしまい畑を世話するのも大変になってしまいました。

せっかく購入したさとうきび畑ですが、さとうきびも1年中収穫できる訳ではありませんよね?

シーズンオフの際には、賢三も出稼ぎに行くつもりだったように、優子も出稼ぎに行くようにしたのでしょう。

おそらく、家族総出でさとうきび畑をフル活用することで、7年間無事に生活していたのではないでしょうか?

“ちむどんどん”どうやって生活するかは元々考えていた

  • 家は売るがさとうきび畑は売らない
  • 家もさとうきび畑も売る

“ちむどんどん”で賢三が抱えた借金をどう返して、どうやって生活するか問題になっていましたが、実は元々考えられていたのかも!

借金額の500ドルは、現代で言うと『いくらくらいの価値』になるのでしょうか?

どうやって生活していたかわかったら、“ちむどんどん”の時代の500ドルは現代のいくらに相当するか確認してみてください!

賢三の葬儀を終えた後から借金の話ばかりでしたが、賢吉が優子に家を売るように勧めましたよね?

しかし、さとうきび畑には言及していませんでしたが、なぜさとうきび畑については何も言っていないのでしょうか?

賢吉がさとうきび畑を売るように言わなかったのは、2パターンが考えられ、もしかしたら比嘉家の生活もしっかり考えていたのかも。

家は売るがさとうきび畑は売らない

賢吉の考える借金返済の手立ての一つ目として、『家は売るがさとうきび畑は売らない』という構想があると思います。

なぜ、さとうきび畑を売らないと思いますか?

答えはさとうきび畑は、今後もお金を生み出す可能性があるからです。

家を売っても、借家を借りれば住まいについてはどうにかなりますが、さとうきび畑はどうでしょう?

売ってしまえばそこで終わりですが、残しておけば収穫シーズンにはお金になります!

工事現場の日銭暮らしだけでは、とても暮らしていけませんが、さとうきびの収穫シーズンには蓄えができそう

家を売るように勧め、畑を売るように言わなかったのは、賢吉なりに優子たちがどうやって生活するか考えていたからかも。

家もさとうきび畑も売る

賢吉の考える借金返済の手立ての二つ目として、『家もさとうきび畑も売る』というものです。

さとうきび畑には直接言及していませんでしたが、優子だけでさとうきび畑を切り盛りしていくのは到底無理と判断。

借金の原因のさとうきび畑は『当然売り払うもの』として考えていたため、敢えて口にはせずに、+αで家を売るように言ったのかも…

さとうきび畑を売るにしても、購入額と同額で売れるとは考えづらいですからね。

このパターンの場合、賢吉はかなり鬼畜だと思いますが、それだけ自分たちの生活が大事なのでしょう。

さとうきび畑も売れば一旦はお金になるので、売っていた場合にも少しばかりでも生活の足しになっていたのでは?

さとうきび畑については、疑問に思っていた方も多いのではないでしょうか?

“ちむどんどん”で比嘉家がどうやって生活していたか気になるという声

賢三が他界したこの1週間は何だったのか、今までもツッコミどころが多い“ちむどんどん”ですが、こんな気になる展開になるとは…

借金問題はしっかりと本編で解決していくのか、見ている側からすると一番気になるところですよね!

この7年で兄賢秀や姉良子も働けるようになり、比嘉家の生活も変わってきているでしょう。

ところで、2頭いたうちのもう1頭の豚、アベベはまだ生きているのでしょうか?

“ちむどんどん”でどうやって生活していたかは、まだハッキリとしていませんし、アベベが食べられるのがいつかも気になりますね!

まとめ

今回は“ちむどんどん”で空白の7年間どうやって生活していたのか、ポイントとなる物について考察してみました。

比嘉家はかなり苦しい状況でしたが、借金の元となった“さとうきび畑”をフル活用することで、この7年間を乗り切ったのでは?

そして賢吉がさとうきび畑を売るように言わな買ったのも、『収穫シーズンの収入を考えて』か『当然売る』と思っているからでしょう。

何にせよ、どうやって生活していくのかは考えられており、さとうきび畑がそのキーポイントになっているのではないでしょうか?

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